礼拝
友納靖史
常盤台バプテスト教会 2026.6.28 主日礼拝 ヨハネ福音書講解㊺「悲しみが喜びに変わる人生」友納靖史牧師【ヨハネによる福音書 16章16~33節】(新共同訳 新約P.200~201)
- 音声メッセージ
礼拝終了後掲載いたします。通信料が心配な方はこちらからご視聴ください。- 礼拝プログラム
- 前奏
招詞 コヘレトの言葉 3章1~11節 司式者
祈祷 司式者
賛美 新生429番「主よ今われらの罪をゆるし」(B)
主の祈り
献金感謝
聖書 ヨハネによる福音書 16章16~33節
特別賛美 教会福音讃美歌 431「この世の嘆きと悩みを越えて」
宣教 ヨハネ福音書講解㊺「悲しみが喜びに変わる人生」 友納靖史牧師
祈祷
賛美 聖公会聖歌282番「罪に苦しむ」
頌栄 新生671番「ものみなたたえよ(A)」
祝祷
後奏 - 宣教概要
- 主イエスが父なる神よりこの世に遣わされた最大の目的は、「御子によって世が救われるため」です(ヨハ3:17)。「救われる」(ギリシャ語 sōzō「癒やす・解放する」)とは、イエスを信じて「永遠のいのち」が与えられ、罪や病い、死の力から解放され、癒やされることを含む深い意味があります。主が20節で語られた「悲しみが喜びに変わる」と語られた言葉は、まさに「救い」の本質を言い表したものでした。主はこれを語られた直後に捕らえられ、無実であるにもかかわらず十字架で死なれます。そこで悲嘆に暮れることになる弟子達に、その先にある復活の希望と喜びが備えられていくことを教えられたのです。14章1節から16章までに記録される「イエスの遺言」。その締めくくりで主は宣言されました。「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出し〈しっかりし〉なさい。わたしは既に世に勝って〈勝利して〉いる(ヨハ16:33)」と。
共観福音書に「たとえ話」が約40ありますが、ヨハネには一切記録されていません。しかし、主イエスがご自身の存在を7つの「比喩」で語られたことが明記されます。「わたしは『〇〇』である…『いのちのパン』『世の光』『羊の門』『良い羊飼い』『復活であり(永遠の)命』『道・真理・命』『ぶどうの木』」と。更に主が用いた比喩に、ご自身の十字架の苦しみと復活を女性の陣痛やや出産に重ねて語られました。女性が子どもを産む時の激しい痛みに耐えられるのは、それを通らなければ与えられない新しい命の誕生の喜びを心に抱いているからであり、誕生の喜びにより、それまでの苦痛は忘れ去ってしまう…と。人は明確な目標や目的が描けないなかで、ただ困難を耐え忍び、乗り越えることは、決して容易ではありません。主イエスは、ご自身に起こる十字架の苦難と共に、死からの復活と、弟子達との喜びの再会を果たすことを先立って示されました。更にその後、聖霊を送り、全世界へ福音を宣べ伝える信仰共同体(教会)が誕生して、豊かに展開されていく新たな福音宣教の業に関わる時、そこにも「生みの苦しみ」が伴うことを予告しておられたのです。
「しばらくすると」との原語ミクロン(ミクロ:1ミリの千分の1の語源)は「ごく短い時」を意味します。人の感覚では理解しがたい長い時のように感じても、神の計画の中で時は確実に刻まれ神の業が実現していきます。ミクロンの時は、人間が肉眼で見ること、理解することもできない神の時(カイロス)なので、弟子たちを含め私たちが最初は悲しみ悩むことを主はご存知でした。しかしながら、主の十字架の悲嘆が復活の希望へと変えられたように、神の見えない力(聖霊)が働く時、弟子たちとそれに続く神の民が、キリストの教会を力強く形成していく真理を示し励まされたのです。「しかし、勇気を出しなさい」と。
いつの時代も神の見えざる力によって教会は新しくされ、清められ、その時代に相応しい『生きた教会』として神が造り変えられます。子どもが成長時期に身体的「成長痛」を経験するように、教会が新たにされ、成熟へと整えられる時には、痛みや悲しみを伴うことが少なくありません。けれども、その苦痛は、単なる苦しみではなく、その先に備えられた神の新たな計画と目的が実現すると信じ、支え祈り合う教会として歩むための通過点です。
本日午後に開催される大切な「教会総会」。喜びと感謝をもって主なる神を礼拝し、御言葉を深く学び、それを伝え、それぞれに託された十字架(使命)を担い、与えられた賜物を惜しみなく献げて歩むキリストの教会(教会員・教会へ招かれたお一人おひとり)が、いつの時代もここに立ち続ける、神のビジョンが実現しますように。